ニューヨーク在住34年、日系移民の私が現場で見た「マムダニ革命」の全貌…街が「希望」を取り戻した日 [JP-gVSAEa]
写真拡大 (全2枚) 11月4日の火曜日、ニューヨーク市長選で、34歳の「民主社会主義者」ゾーラン・マムダニ氏が、次点のクオモ元NY州知事に9ポイント近い差をつけて勝利した。南アジア系の移民として初めて、そして、イスラム教徒としても初の市長となる。さらに、30代の市長は実に100年以上ぶりだという。...
写真拡大 (全2枚) 11月4日の火曜日、ニューヨーク市長選で、34歳の「民主社会主義者」ゾーラン・マムダニ氏が、次点のクオモ元NY州知事に9ポイント近い差をつけて勝利した。南アジア系の移民として初めて、そして、イスラム教徒としても初の市長となる。
さらに、30代の市長は実に100年以上ぶりだという。歴史的快挙を成し遂げたといえる。筆者はニューヨークに34年住んでいるが、この選挙結果は、単純な「政権交代」ではないと感じている。この結果は、市民がこの街の「本来の顔」を取り戻すための選択でもあった。
ジャーナリストでありニューヨーカー、そして移民でもある筆者の視点から、この選挙の意味をお伝えする。ニューヨークが安堵した朝目が覚めてリビングに行くと、夫が珍しくニュース番組を見ていた。昨夜は遅くまで市長選の開票速報と、それに続くマムダニ新市長のスピーチを流していたから、チャンネルがそのままになっていたのだ。
夫はちょうど1年前のトランプ当選以降「気分が悪くなるから」と、朝のニュースを見ること……特に政治ニュースを見ることをピタリとやめていた。そうした習慣に突然変化が起きたことをちょっとからかうと、「やっとニュースを見てもいいという気分になったからね」と夫は笑った。私の携帯には、私が主宰するアメリカZ世代チーム「NY Future Lab」のメンバー数人から次々にメッセージが届いている。
「凄すぎる!」「長いこと感じたことがない希望を感じる!」興奮が文字から伝わってくる。ニューヨークが34歳の新市長誕生という歴史を刻んだ翌朝、この街の気分は「喜び」以上に「安堵」だった。
そして「やっと希望を持てた」という言葉に、多くのニューヨーカーの本音がにじむ。トランプ時代に疲れ切った若者たちニューヨークの若者たちが第二次トランプ政権に失望と怒りを感じていたことは、「NY Future Lab」での定例座談会でも明らかだった。特に彼らが苦しんだのは、政権による移民の大量強制送還と多様性の否定だ。
ニューヨークは人口の37%が外国生まれの「移民の街」だ。街をバイブラント(vibrant=活力に満ちた)でエネルギッシュなものにするこの多様性は、若い市民にとって誇りでもあった。それを否定されてきたことで、自身の存在が否定されたように感じていたのだ。
また政権による大学への締め付けが強まると、デモに参加することさえ危険視されるようになった。彼らはトランピズムに疲弊し切っていた。そこに差し込んだ一筋の光がマムダニ氏の登場だった。
「マムダニ現象」と「新しい連合」こうした興奮の始まりは、7月におこなわれた市長選の「民主党予備選挙」だった。
それまでまったくの無名だったマムダニ氏は、最有力候補とされたクオモ元ニューヨーク州知事を倒し、逆転勝利したのだ(その後、クオモ氏は無所属となり、市長選の本選に再立候補した)。そのニュースを聞いた瞬間のラボのメンバーたちの驚きと興奮は今も忘れられない。
「今年になって、こんなにワクワクしたのは初めてだ!」今回の市長選で最終的にマムダニ氏を当選させたのも、彼らが久々に抱いた「興奮」の影響が大きかったと考えられる。市長選の出口調査によれば、18〜29歳の実に78%が彼に投票している。全体の投票数も200万票を超え、前回の2倍に達する歴史的なものになった。
ニューヨークタイムスはマムダニ当選の要因を、「若者を含め新たな幅広い連合を動員できたこと」と評している。その「新たな連合」とは、若者と、ニューヨークをニューヨークたらしめている移民労働者の連合だ。そこに黒人やヒスパニック系のマイノリティ、そしてリベラルの知識階級が加わった。マムダニ氏が彼らの心を掴んだ理由も、若者たちが教えてくれる。
まず彼らに響いたのは、「あらゆる人が安心して暮らせる街を取り戻す」という、生活に根ざした公約だ。家賃の異常な高騰、返せないほどの学生ローンにあえぐ若者たちは、「家賃上昇の凍結、市バスの無料化、市が運営するスーパー」などの具体的な方策に強く反応した。
「もちろん全部が実現できるかはわからないけど、少なくとも何も言わない政治家より全然マシ」また、裕福なビリオネアや大企業にもっと税金をかけるというプログレッシブな政策にも、若者は高い関心を寄せている。
さらに、「反トランプ」の姿勢がはっきりしていたことも、彼らの共感を得た。SNSが動かした「草の根の革命」マムダニ氏はこうした政策を、TikTokなどSNSをフル活用し、若い世代に強くアピールした。それが数万人ものボランティアによる草の根運動に繋がっていった。まさに左派ポピュリズムの台頭といってもいい「マムダニ現象」が起こっていたのである。
投票前にラボのメンバーはこう言っていた。
「僕の知っている若い人たちで、前回の大統領選では投票しなかったけど、トランプが大統領になって『やばい、投票しとけばよかった』と言っている人が多い。だから、今回の市長選では『投票に行かなきゃ』という気持ちになっている人が増えているはず」まさにその言葉通りになった。偏見とデマによる攻撃しかし、若者はこの結果を手放しで喜んでいるわけではない。
メンバーの1人はこう語る。
「これは大きな一歩だ。でもそこまで大喜びする気にはなれない」なぜなら「彼の失敗を願う人が少なくない数いるから」選挙戦の段階から、金や権力に媚びないマムダニ氏を警戒する声は強かった。特にトランプ大統領は、自分と同様のポピュリストが左派の論調を掲げて躍進する姿に相当の危機を感じていて、マムダニ氏を「クレイジーな共産主義者」「不法滞在の疑いがある」などと虚偽の情報をばら撒き、もし彼が当選したら連邦政府から市に対する助成金を止めるなどと脅しをかけた。
また市民が驚いたのは、マムダニ氏に一度予備選で敗れたクオモ元ニューヨーク州知事が、今度は独立候補となって再登場してきたことだ。
クオモ氏は、マムダニ氏に反感を持つ中道左派や共和党支持者の票を集めようと目論んだのだ。親子2代で州知事を務めたクオモ・ファミリーは、ニューヨークを仕切る権力の象徴で、金融業界を中心とした超富裕層もクオモ陣営のテコ入れのために巨額な寄付を行った。その資金はマムダニ氏の4倍の4000万ドルに上ったと見られている。
さらに衝撃だったのは、クオモ氏とは犬猿の仲だったトランプ大統領が、投票日前日にクオモ氏への投票を呼びかけたことだ。反目してきた相手を支援までしてマムダニ氏を止めようとしたのである。
一方でイスラム教徒であるマムダニ氏への、あからさまな虚偽にもとづいた攻撃も目立つ。彼が9・11同時多発テロのようなテロを歓迎しているというようなデマや暴言も広がった。それが原因で、本人に対する脅迫があったこともがわかっている。そんな中、若者が圧倒的にマムダニ支持だったのとは対照的に、45歳以上の市民は過半数がクオモ氏を支持していた。
クオモ氏に投票したという年長の有権者にその理由をたずねると、「マムダニはバスの無償化など、実現するはずがないバカバカしい公約を掲げているから」と冷淡な返事が返ってきた。
しかしクオモ元州知事も、セクハラや隠蔽などの疑いで辞任したという暗い過去を引きずっている。それでもクオモ氏のほうがよかったのか?そこには別の理由、例えばマムダニ氏の出自や信仰に対する、根深い差別や懐疑心があったのでは?そんな憶測を口にする人も少なくない。
ラボのZ世代は言う。
「今後も相当大きな体制側の力が全力でマムダニ氏を阻止してくる気がする。ちょっとでも失敗したら、『ほら見ろ、だから社会主義はダメなんだ!』と、あらゆるネガティブなことを細かく取り上げて叩かれると思う」世代交代で移民の街を取り戻す今回の選挙にはもう1つ大きな意味がある。
2001年の同時多発テロ大きく変貌したニューヨークに、ついに変化が訪れたことだ。この街では、テロ後の復興の中でさらなる移民の流入が見られたのと同時に、超富裕層への急激な富の集中が起こった。マンハッタンやブルックリンといった地域では地上げが進み、古くからの住民は周辺部に弾き出されていった。入れ替わりに入ってきた富裕層がニューヨークの主役となり、多様な移民たちは彼らに を